taromagazine™ / taro misako
OWN VILLAGE
気になったツイートについて書き始めたら、今年の目標が決まった件
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2019.1.3

去年、特に前半は自分と周りを比べて無駄に焦ることが多い年だったと思う。
記憶を辿ってみると、GWにはこんな記事を書いていた。

世の中にはそれぞれの専門の道でベテランとして活躍されている同年代の人が沢山いるし、そうした人たちと比べると自分の仕事(レベルが低く幼稚なのでは…)や生活(車持ってない、家持ってないとか、部屋片付かない…全部自分の選択なんですが)についての不安が出てきたりもします。

こういう話を周りの人にしてみると、ミサコさんは十分活躍してるじゃないですか〜などとフォローしてもらえることもあるのですが、自分自身がそう感じることが出来ていないので、この気分をなかなか脱出することが出来ず、もやもやしているのがここ数ヶ月の心境です。

◯38歳の気分 | taromagazine™


こうした気分、少し落ち着いた今では「あの心の動きは何だったんだろう」と思うようになったのだけど、今日たまたま見掛けた小倉ヒラクさんのツイートで腑に落ちるものがあった(前後のツイートも興味深いので、気になる人はチェックしてみて)。


僕の場合、「無用な口出し」ほどでは無いにしろ、周りの人に羨ましい悔しいと漏らす機会が多かった気がする。あれは「自分村が過疎化」していたんだな。自分をもてなすことを忘れていて、それによる不満のはけ口を他人に求めていたということなんだろう。

これと同じタイミングで、今読んでいるイ・ランの本にも気になる一節があった。

人々は仕事をすることで疲れていく。その仕事がなんであれ、仕事というのはそもそも疲れて当たり前だ。アーティストは、この疲れた人たちの一日を満たす、ささやかな癒しを作る人で、まさにそれがわたしの職業だ。その癒しを作り出す仕事をしているアーティストも、結局は疲れている。

それでもわたしは作りたい。人々がどんな癒しを求めているのか知りたい。
そのためには、まずわたしがどんな風に癒されたいのか知らなければならず、
そのためには、わたしの暗くて悲しい心をのぞきこんでみないとならない。
それは本当に、とても疲れる。
それでもわたしは。

◯イ・ラン「悲しくてかっこいい人」 p228


この中の「まずわたしがどんな風に癒されたいのか知らなければならず、そのためには、わたしの暗くて悲しい心をのぞきこんでみないとならない。」というフレーズが、前述の小倉さんのツイートとリンクするものを感じた。

他人のことを妬んだり、僻(ひが)んだりしないようにするためにも、まずは自分がどんな風に癒されたいかを考え、積極的に「自分村をもてなす」ことが必要なんだと思う。昨年の後半は家族の協力もあって好きな本やゲーム、アートなどに触れたり、行きたい場所に行ったりする機会が増えて、前半よりは精神的に健康でいたれた気がする。

今年は仕事をしっかり進めつつ、もっと積極的に自分を甘やかして行こうと思う。
(気になったツイートについて書き始めたら、考えてなかった今年の目標が出来てしまった。結果オーライだ。)


悲しくてかっこいい人
イ・ラン
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